ある日、とある政治家の投稿を目にしました。
そこには「産後うつは甘えだ」「怒鳴って躾ける」「うつは弱さだ」といった言葉が並んでいました。
かなり刺激的なポストで内心もやっとしてしまいました。
コメント欄を見ても、 “弱さ=だめ” という声が多くて、胸がぎゅっと痛くなりました。
小さな争いがそこにはありました。
「うつの人に対して頑張りが足りない」とか「環境を打破できない弱さがある」とか、
「経営者だからたくさん苦労してきた」とか、「会社員だから弱さがわかる」とか
でも僕には「正義と正義がぶつかっている」ようにも思えたのです。
”弱さ” という言葉には、もっといろんな意味があるように感じます。
なので、うつと弱さについて考えたいと思います。
うつの歴史をふりかえる
“うつ病” という言葉や診断の仕組みは近代になって整えられましたが、
人が心の落ち込みや生きる苦しさに直面すること自体は、ずっと昔からあったようです。
紀元前5世紀頃、ギリシャの医師ヒポクラテスは ”メランコリア(黒胆汁による病)” という言葉を残しました。
気分の沈み、不眠、絶望感――まさに今でいう “うつ病” に近い症状を指しています。
すでに2000年以上前から、人類は “心の重さ” に悩んでいたのです。
中世ヨーロッパでは “メランコリー(憂鬱)” として、病気であると同時に哲学や芸術のテーマにもなりました。
時に “悪霊” や “罪” と結びつけられ、苦しみを “個人の責任” として背負わされることも多かったそうです。
日本でも、平安時代の『源氏物語』や和歌に「憂し」「もののあはれ」といった言葉が出てきます。
心が沈み、気力を失う様子は、まさに抑うつ状態の描写に近い。
江戸時代になると “気鬱” “気の病” と呼ばれ、漢方や養生法で対応していました。
近代医学では、19世紀末にドイツの精神科医クラウペリンが “躁うつ病” として整理しました。
その後、精神分析、抗うつ薬の開発、診断基準の整備を経て、今の “うつ病” という概念につながっていきます。
うつという名前や診断などが確立してきたのが最近になってからですが、はるか昔からうつの症状というものは存在していて、原因をずっと探求してきていたということになります。
弱さは本当にだめなこと?
では “弱さ” ってなんなのか。このうつと関係しているであろう弱さについて考えます。
「頑張ればいい」や「耐え忍ぶ」といった考えはおそらく時代的背景が根強いと感じています。
日本では、戦後から高度経済成長期にかけて「社会のために頑張る」ことが最優先されてきました。
個人の価値観の前に社会をどうにかしなくてはいけない、戦争からの立ち直り、何もない時代から作り出す時代にしていく流れ。
その中で “我慢” や “忍耐” が美徳とされ、弱さを見せることは「恥ずかしいこと」とされがちでした。
きっと当時の社会にも弱さを見せられない人はいたでしょう。
うつ病というものは、外見では見えない病である精神疾患です。そのため他者からの理解は得られにくい。
だから、今までの時代ではうつというものが存在していたにもかかわらず、この高度経済成長のような、社会第一主義的な時代においては “うつ=弱さ” となり、意味の混在が助長されたように感じます。
それでは本当にしんどい人が声をあげられなくなってしまいます。
「弱さを見せちゃいけない」という空気は、うつの人をますます追い込んでしまうのです。
今回の投稿に関して言えばうつ病は弱さだという考えは時代による影響が強いと言えると思います。
高度経済成長期が終わる’90年頃からうつ病の認知度が上がり、現在に至るまで右肩あがりとなっていることは事実としてあります。
弱さのもうひとつの意味
「本当にうつじゃない奴がうつ病になれる時代だろ」という言葉もコメント欄にありました。
確かに精神科や心療内科への受診や診断が一般的になった今、うつ病は診断はされやすくなり、それにより患者数は増加していることもあると思います。
ですが、弱さが見せられなかった昭和時代、見せられない、隠さなきゃいけない時代を生きていることよりも、弱さを広げられる時代に戻りつつあるということはいい面としてもあるように感じます。
“うつ病” 、 “弱さ” は、ただの欠点ではないと思います。
- 人間らしさとしての弱さ
- 助けを求められる入口としての弱さ
- 新しい対話を生む弱さ
弱さを認めることができると、人は誰かとつながれる。
弱さは、人間らしさそのものだと思うのです。
侘び寂びに通じる感覚
ここで思い出すのが、日本の「侘び寂び」という美意識です。
- 「侘び」は、不足や欠けの中に趣を見つける心。
- 「寂び」は、古びたり朽ちていくものの中に静かな美しさを感じる心。
禅の「無常観」や、日本の自然に寄り添った暮らしから生まれた感覚です。
完璧ではないからこそ味わい深い――そういう世界の見方。
僕は、うつの「弱さ」も、この侘び寂びに通じているように思います。
人はいつも完全でいられるわけではない。弱さを抱える姿そのものが、人間らしい美しさなんじゃないでしょうか。
同じ環境にはなれないから
人は誰ひとりとして、同じ環境を生きることはできません。
家族の形も、経済状況も、身体の強さも、周りの支えも違います。
だから、ある人には「頑張れば乗り越えられる弱さ」でも、
別の人には「どうしても打破できない弱さ」になる。
「私はできたのに、なぜあなたはできないの?」という比較は、そもそも成り立たないのです。
大切なのは、違いを前提にしながら、支え合うこと。
同じ条件にはなれないからこそ、想像して、寄り添うことが必要なのだと思います。
昭和の時代に「見えなかった弱さ」
よく「昔はもっとみんな頑張っていた」と言われます。
でも本当にそうだったでしょうか。
きっと弱さは、昔も同じようにあったはずです。
ただ見えていなかった。見えないようにされていただけ。
声をあげられず、制度もなく、沈黙の中に押し込められていただけなのだと思います。
だからこそ、弱さを認めるというのは「なかったことにしない」ということ。
ただ肯定するだけではなく、その弱さに「一緒に伴走する」ことが大事なのだと思います。
想像力をもって弱さに寄り添う
「うつは甘えだ」「弱さだ」という言葉の背景には、やはり 想像力の欠如 があります。
自分はできたから、他の人もできるはず――そう考えるとき、人は相手の環境の違いを想像できていないのです。
でもこれは、個人だけの問題ではありません。
「我慢や忍耐が美徳」とされてきた社会は、弱さを想像しなくてもいい物語を私たちに与えてきました。
その延長に、「うつは怠け」という言葉が生まれてしまうのかもしれません。
だからこそ、これからの時代に必要なのは 「見えない苦しみを想像する力」 です。
弱さは誰にでもあって、その現れ方は一人ひとり違います。
同じ状況を生きられないからこそ、想像して、補い合うことが大切です。
我慢しなくてもいい社会へ
「弱さを見せるな、我慢して耐えろ」と求めるのではなく、
「弱さを出しても大丈夫、我慢しなくても生きられる」社会の仕組みが必要なのだと思います。
それは制度のことでもあり、文化のことでもあります。
困ったときに声をあげられる仕組み、助けを求められる文化。
そのままで生きていいと伝えてくれる関係。
そうした社会のあり方を、一人ひとりが想像し、実際に形にしていくことが大切です。
まちという小さな社会において
僕が「まちのかかりつけナース」という活動で大切にしているのは、まさにこの想いです。
人は弱さを抱えながら生きています。
血圧が高い日もあれば、気分が落ち込む日もある。
一人で抱え込んだら苦しくても、「大丈夫だよ」と声をかけてくれる人や、「一緒に考えよう」と寄り添ってくれる人がいれば、少し楽になれる。そして、手遅れにならずに気づけるチャンスがある。
まちのかかりつけナースは、そんな存在でありたいと思っています。
医療や看護の専門知識を持ちながら、まちの人の日常にそっと寄り添う。
「弱さを隠さなくてもいい」関係を、地域に少しずつ広げていきたいのです。
弱さを否定する社会から、弱さという強みで支え合う社会へ。
その転換は、制度や政治だけでなく、身近なまちの中から始められるのだと思います。
僕自身、ナースとして、そして一人の人間として、
「弱さを想像すること」をまちに実装していきたい。
それが僕の目指す「まちのかかりつけナース」の姿です。
あなたに問いかけたいこと
あなたは最近、どんな「弱さ」と出会いましたか?
もし「弱さを出しても大丈夫なまち」があったら、どんな風景が浮かびますか?
そのまちを、いっしょに描いていきませんか。
「産後うつを怒鳴って躾ける」というポストの前に、「産後うつを強みに変える方法を一緒に考えたい」とポストされる未来を信じて。